8月2日 静岡へ、懐かしい人に会いに

おとといの金曜日、有給をとって、せいじ叔父さんの絵の個展をみに、日帰りで静岡に行ってきた。

母の次兄である、叔父と会うのは、人生で3回目、30年ぶり。今会わなかったら、もう一生会うこともないかと思い、わざわざ新幹線に乗って会いに行ったのだ。

会うことはなくても、何かと話題にのぼることの多い、伝説の叔父だった。 母からよく聞かされたのは、「数学の神様と言われて、高校の先生にまで教えてた」「高校の卒業式もけんかして出られなかった」「どこかで野垂れ死にしてるんじゃないかと思ってた」。最近の口ぐせは、「せいじの人生、想定外」。

叔父は60をすぎてから独学で水彩画を始め、公募展に応募しているうちに、「教えてほしい」という人が4、5人集まってきたので、会費1,000円 だけもらって教えていたら、生徒さんがどんどん増えて、多いときで、5つの教室をかけもちして、100人ぐらいを教えていたそうだ。

今回叔父と会って知った新事実は、中退した岩手大学数学科は、素行が悪く、大学入学が決まらないと、高校を卒業させてもらえないから、とくに勉強もせずに受けたら受かった、大阪でのプロのハスラー時代、日本で5本の指に入るほどだった、など。まあ、ちょっと頭がいいことに慢心した、遊び人の放蕩者だったのだ。

借金や愛人、会社の金使い込み、なんて冗談じゃすまない問題もいろいろ起こしていて、実家からは勘当されていたので、30年も会う機会がなかったのだ。

今回の私の訪問はよほど嬉しかったらしい。 案内ハガキをたよりに、静岡駅から電鉄で一つめの日吉町という駅にある画廊にたどり着くと、懐かしそうな笑顔で迎えてくれた。叔父さん、こんなに背低かったんだ、というのが第一印象。「今日は朝からウキウキだったのよ」と画廊のママさん。次々に訪ねてくる生徒さんたちに、得意げに紹介され、みなさん、絵の先生の姪ということで、温かく接してくれた。

周囲に迷惑をかけても、最後は誰かに助けてもらえたのは、人好きのする叔父だったからなのだろう。

せっかくの静岡、B級グルメの私はタダは帰りません。高橋みどりさんの本で知った、青葉横丁の三河屋を予約しておいたら、叔父も一緒に行きたいというので、急きょ予約を2名に。5時の開店と同時に、静岡おでんと串揚げをつまみに、杯を交わした。

叔父は上機嫌で昔話。「何やってもいい線までいくんだけど、一番にはなれなかった」「依存症だったな」なんて話に、自分と同じ血を感じた。叔父さんにくらべたら、ずいぶん小粒だけど。「文才はないけど、自伝を書きたい」というので、事例研究したほうがいいよ、ナルシシズムの垂れ流しは勘弁ね、と、エラそうに指南。本気を感じたのだ。

叔父の娘、いとこの雅子ちゃんも私に会いたいと、仕事帰りに合流することになった。一人っ子で、叔母方の親戚付き合いもほとんどないから、私に会いたいんだ、と叔父。最後に会ったときは小学生で、ちょっと暗い子だった。父親が問題起こしてばかりで夫婦げんかが絶えなかったら、無理もない。

30年ぶりの雅子ちゃんは、ごくごく明るい普通のOLさんになっていた。静岡大学を出て、新卒で入った地元企業で今も働いているそうだ。「オレ、反面教師」と叔父さん。まったくそのとおり。叔父にはぞんざいな口を聞くけど、父娘はこんなものだ。私と父よりよっぽど仲良く見える。

叔父の生徒さんがやっているスナックへ行こうと、静岡の街を3人で歩く。金曜日の夜なのに、それほど混んでなくて、のんびりしてていい。東京へ出たかったけど、貧乏で地元の大学に行くしかなかったという雅子ちゃんは、静岡を卑下するけど、静岡悪くないよ。

スナックは開店しておらず、結局叔父の家の近くの行きつけのカラオケスナックに行った。超ディープ。常連さんたちに、私たちを得意げに紹介。叔父はここでも人気者みたいだ。石原裕次郎なんかを2、3曲熱唱。私も雅子ちゃんも2曲ずつ。雅子ちゃん、歌が上手い。これも血だね。のど自慢の常連さんたちをおさえて、「PRIDE」で本日の最高得点。

新幹線の時間もあるので、お開きに。叔父の家の前で、別れた。個展で気に入った絵を送ってくれるそう。病気で療養中の叔母も出てきてくれた。叔父がたいへんなとき、私の母がずっと愚痴の聞き役だったから、いろいろな思いもあったのだろう。

静岡駅まで雅子ちゃんが車で送ってくれた。30年ぶりのいとこってちょっと不思議な関係だ。初対面のようなものだけど、身内だから叔父を自慢してもケナしてもいい。「私、よくグレなかった」と雅子ちゃん。ホントそうだ。東京へ来ることがあったら、私の姉と、もう一人東京に住むいとこと4人で、いとこ会をやろう、と約束する。雅子ちゃんにとって、姉ができたようで、ちょっと嬉しいことだろう。なんといっても血がつながっているのだ。こういう関係は大事にしなくては。年を重ねていくこれからはなおさらのこと。